ヲタク初心者、あるいは開き直り

確かに最近多い。
そして、共通して言えるのは「周りが見えていない」って事だ。
多分その多くは「きっと勘違いブロガー」で間違いないだろう。
けど、「勘違い」という呼び方にはちょっと違和感を覚える。
勘違いには間違いないだろうけれど、それは「親の顔が見たい」というレベルの、いわばマナーとか常識と言った部分が育っていない「オコサマ」だからなのだ。

ネットだけではないだろうが、自己表現という場を得た者の多くはまず最初に「勘違い」をする。
新しい遊びに躍起になり、周りが見えなくなる。そのうち、最初は分かっていたはずのマナーや常識、時には権利意識を放棄する。
「勘違いブロガー」や「2ちゃんねらー」は、いわばそんな親の顔が「ない」ヲタクだ。
従来のヲタクは、自分たちの先人の作り上げたそうした「場」を守るための最低限の常識を死守してきた。
ところが、そうした人間が大量に湧き出ると、本来「親」でなければならない先人は、口を酸っぱくしてまで常識を説かなくなる。飽和状態は放置状態へと姿を変え、ヲタク達の無法地帯が広がる。
今は更にその先だ。自分たちがヲタクだという感覚も、表現者だという自負もない、単なる「みんながやってるから」という永遠に初心者で、そのまま終わる「ヲタク未満者」の時代となる。

例えばカメコなんかで例えると
1:コスプレに萌え萌えする自分に気付く
2:カメラ持っていって、写真を「取らせて」もらう
3:許可が出たりするとアップしてみたりする
4:割と好評を得る
5:写真を「取って」と言うコスプレイヤーなんかもでてくる
6:何時の間にか「取らせて」もらい「許可をもらう」感覚が薄れる
7:カメコと呼ばれる事にさえ逆ギレする
という「ヲタクの悪い意味での成長」を遂げていくのだが、既に「4」の先人がいて「5」の供給側が溢れている世の中で、1〜3の感覚など育ちようがない。「自らの経験」がゼロなのだ。
更に、そういう人間がゴロゴロいては「親からの苦言」も聞く耳を持っていない。そもそも、耳がないのだから、仕方がない。

まあ、どの時代も流行とはこういうモンだ。
プリクラで盗撮が増えた結果一種特殊な世界になったように(これも無意識のヲタクの集まりではあるが)、誰かが「親」になって一撃を食らわせてやらないと、彼らは一生オコサマのままだろう。
まだ「写真撮影オコトワリ」の張り紙は見ないが…割と近い未来かもしれない。

そして、そういう張り紙を張らなければ「分からない」のが、今の日本の”大人”なのだ。
「頭がおかしい」->「頭が弱い」カナ。
ちょっと前までは「何でも写真に取る」ってのは小馬鹿にするヲタクキャラの典型だったんだけどもネ。