亡くした腕

よくある話で
事故なんかで、突然体の一部を無くしても、全然実感が無いという。
痛みさえ感じたり、今でもそこにある気がしてならない、という。

そんな大層な話じゃないけれどン年前、
ある出来事がきっかけで、「ある事」ができなくなった。
別に生活に困るわけでなし、どーでもいいことだ。

問題は、物心ついてから、自分は一日たりとも、その事を欠かさなかった事が無く
非生産的だろうが、なんだろうが、毎日、毎日。
それがぷっつりと「できなく」なって、もう何年も経つ。

最近、自分自身に懐疑的になってきた。
元々、自分はそんな事できなかったんじゃないのか。
いや、やってもいなかったんじゃないのか。
そうでなければ、こんなに何年も「それ」が「できないまま」なんて、
おかしすぎやしないか。

けど、それは当然、単なるファンタジーで。
自分はそれが「できなくなった」だけの話だ。
そして、亡くした腕のように今でも「もしかしたらできる」んじゃないかと
勘違いをしたままなだけだ。


今でも、ペンを握ってみる。
白い紙に、書きなぐってみる。
時には記憶のままに、時には衝動のままに

そして、紙を空しく破る。


数年前、自分は事も無げに言っていた。
「絵なんて、字なんて、誰でも書ける。
上手い、下手はあったとしても、絶対に書ける。
書ける、なんて事は大した問題じゃない」
そう、本気で思ってた。
自分自身にこんな日が来るとは思わずに。


亡くした腕がそこにあると思うのは、
悲しい事でもなければホラーでもない。
ましてや、救いでもない。
ただ、そう思ってしまうんだろう。心が、条件反射のように。

それでも、多分、またペンを握る。
もう一度、絵が描ける日が来るのではないかと、何かにすがりながら。

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最近、もう片腕も、崩れかけているらしい。
そんなになって今更、ふともう駄目なんじゃないかって思い始めた。
何年も何年も、駄目なままなのに
今更、今でも、そう考える自分は、なんて諦めが悪くて幸せな奴なんだろう。