もっとも泣いた最終回
ドラエもんである。
そんでもって、それはホンマもんではない。
いとうせいこうが「ノーライフキング」を書き上げたように、ちょうどガキデマブームのまっただなかに自分もいた。
サザエさんやドラエもんのベタなブラックジョーク的な最終回が蔓延し、サザエさんはTVアニメ製作側、ドラエもんは原作者がそれを否定しなければならないほど社会現象となっていた。
そんな中、ドラエもんの最終回は生まれる。
http://osi.cool.ne.jp/UL/n56.htm
この名古屋の大学生なるドラエもんファンが創作した最終回。
読んで直ぐに偽者だと分かった。なぜなら、秀逸すぎるからだ。
ドラえもんには常々指摘されてきたパラドックスがあります。
第一話、ドラエもんが過去(物語中=現在)に来た理由はのびたの未来が散々な物で、その煽りを食った孫のセワシから派遣されたという物です。
その中にはジャイ子と結婚する->ドラエもんの力を借り、しずかちゃんと結婚、という中身まで含まれており、普通セワシは生まれてこなくて、ドラえもんも来ないジャン!というパラドックスが発生するのですが、「例えるなら大阪に行く場合どのような交通手段を使っても方向さえ間違っていなければ大阪に着く。それと同じでのび太の運命が変わろうと結局セワシは生まれてくる」なんて訳のわからん言い訳こいてます。
おいおい。それならのびたの未来も変わらない、って事だろ?
…と、物語のご都合主義的ないやーな部分がしょっぱなからあるドラエもんを、このファンの創作は実に美しくまとめあげました。
もしかしたら、その後ののびた人生は散々で、セワシに引き継がれるかもしれませんが(笑)もうそんなのどーでもいい、って感じです。
ドラえもんはのびたの人生を変えるために来たのであり、セワシのこづかいなんてどーでもよかとです。
「のびたの恐竜」の主題歌で「ポケットの中に」という歌があります。
この創作物はその歌が本当に良く似合う。
このドラえもんにそぐわないほど素晴らしい最終回。
いつか日の目を見てもいいのでは?と思ってしまいます。